津 | 田宗及主催大茶会 |
永禄12年2月11日、森可成は信長の上使衆として同輩らと共に、津田宗及から茶席での接待を受けた。
永禄12年1月、織田信長がついに日本のヴェネチア・自由商業都市「堺」を自分の 直轄地にする時が来た(無理矢理)。 その堺接収の上使衆のひとりが京都奉行でもある森可成だった。 その際の永禄12(1569)年2月11日に、可成は堺の茶人である津田宗及(そうぎ ゅう)主催の大茶会に参加しており、「宗及自會記」にはこう記されている。
この記述にある上使衆とは、このままでは誰だかよくわからないので親しみのある名 称に変換するとこうなる。(森可成以外はどうでもよいものの、わざわざ記してみた。) |
more 念のため、堺接収にいたるまでの過去の流れをかなりおおざっぱに書いてみる。 石山本願寺は(絶対ブリブリ言いつつ)矢銭を提供したが、自治都市国家である堺は これにより、堺の自治権は剥奪され、信長の直轄地になったのだった。 |