方田孫兵衛

本能寺の変で森力丸の首をあげた男。

人名 / 四方田孫兵衛(しほうでん まごべい)

出身 /丹波国

生没年 / 不明

法名 / 不明

墓所 / 不明


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名字は、四方天とも、四王天とも。名は又兵衛となっている文献もある。

蘭丸の首は、明智3羽ガラスの一人、安田作兵衛が討ち取ったといわれ、力丸の首を討ち取ったのがこの四方田孫兵衛

と言われている。

しかし、史料性は薄いけど、『鳩巣小説』などではちゃっかり蘭丸の首を明智に持っていっている。

明智の軍勢が本能寺を襲った時、屋根がぶっ壊れた。

信長が鑓や長柄などを数十本、本能寺の天井にかけて置いたのだけど、屋根が落ちた地響きでことごとく落下してきた。

明智軍は通行の邪魔になるので、その落下物を除去するという、修羅場前にとっても変な作業をした。

そんな前置きから、ひょっこりこの男が寺の脇口よりあらわれるのだ。

四方田孫兵衛登場、鉄砲を手に建物の中に押し入ると、早速ヤツが片手に刀を握って走って来た。

森蘭丸:「何者だーーーーっ!!!」

蘭丸が四方田をののしりまくっている所を、四方田、槍で蘭丸をブスッと突きふせた。槍も鉄砲も抱えていたのか、この人

は。(詳しくは逸話のページ「しりもちつくほど嬉しい人」を参照ください→逸話

四方田が蘭丸の首を取って明智光秀に見せた時、光秀は目がかすんでしまって、じっくり見ることができなかったという。

本によると、天罰でござる。見た後は光秀は「それは森蘭丸だ!」と言って、馬上で喜び、しりもちをついたということだ。

この、四方田孫兵衛、本能寺の変の後は越前へ行ったらしい。子孫は”四天王”という名字を名乗ったという。

こちらも史料性は薄いけど、『絵本太閤記』には、このおっさんの類似品と思われる”四天王又兵衛”なる者が登場する。

本能寺の変の際に、蘭丸のすさまじいながらも味方に気配りを忘れない(←ここ、重要!)奮戦振りに感じ入ってちょっかい

を出そうとするのである。

それを許さなかったのが蘭丸の弟。「森力丸これにあり!」と太刀をふるって四王天に打ってかかっていった。

蘭丸への道を力丸に阻まれ怒った四王天は、雷が落ちたように怒り狂って力丸と渡り合う。力丸はこの勇勢にはかないが

たく、刃の動きが乱れていた。坊丸がこれを見て、当たっていた敵を打ち捨て四王天に横槍をついてくれば、四王天はなお

も勇戦して、この2人を相手にして戦って、力丸をひと槍で突き伏せた。坊丸は叫んで突き込んだが、明智軍の兵士どもが

群がって坊丸を取り囲んでこれを切り殺した。

蘭丸は2人の弟が死に行く様を目の当たりにしても、信長公の側を去ることはなく、よせくる敵をなぎ倒し時をかせいだ。

結局、そこから有名な安田作兵衛との闘いに突入し、蘭丸は安田に両足を切り落とされるのだが、枯れ木を倒すがごとくに

転ぶところを、四王天又兵衛が走り寄って蘭丸の首を討ち取った。・・・どうみても、それって首の横取りだ。

 


 

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