森坊丸・力丸逸話集


とは言ってもないんです!この2人に関する資料は微々たるものなのです。ああ、折角の晴れ舞台でおいしいところは全て蘭丸兄貴がもっていってしまいました。何にせよ、早死にはしたくないものですね。合掌。
坊丸君と力丸君の名前がでてくるのは、本能寺の変のシーンがほとんど。そこでここでは色々な書物で見る本能寺の3兄弟討死にシーンを見ていきたいと思います。天正のファッションリーダー蘭丸君のいでたちにも注目。(訳者:管理人)


かっこいい討死講座
〜素敵な討死と言われるために〜


■ 討死にのときはなるべく派手じゃない服装にしましょう。だからといってだらしない服装は禁物です。懐にお菓子を詰め込んだままの討死もあまりかっこのいいものではありません。事前にちゃんとチェックしておきましょう。敵も味方も気が立っています。変な服装で行動しないよう、まわりに気遣いながら討死にするのもルールのうちです。

■ もし、敵が意外な人でも、あわてず、最初からこうなることが判っていたそぶりをしましょう。

■ 討死の後になおかつ憐れを誘いたい人は、家族や恋人からもらった手紙などのお涙ちょうだいアイテムをそっと懐にしのばせておきましょう。意味不明な物は避け、人が見てすぐに理解できるものがよいでしょう。

■ 上司と一緒に討死にする場合、あまりでしゃばらせないようにしましょう。せっかくの自分の討死シーンが台無しです。上司にはなるべく早めに腹を切るように勧め、最後には必ず自分に花をもたせるようにしましょう。

■ 切られたあとの私語は禁物。なるべく静かに最期の時を迎えましょう。倒れた後も近くにいる人の足首をつかんだり、鼻歌を歌ったりするのは見苦しいのでやめましょう。

『森家先代実録』に見る本能寺の戦


「(明智軍は)2日未明に本能寺へ押し寄せ、二重三重に取り巻いた。蘭丸君は寝ぼけてお聞きになり、火事か喧嘩だろうとお思いになり、白き帷子の上に浅黄鹿の子の小袖をはおって楊枝をくわえて杉縁へでて、「上様の御前近いのに何者だ。狼藉者めが。」とお怒りになれば、はや書院の壁外には光秀が水色の旗奉行・白紙四手の馬印押立間近に押し寄せている。蘭丸君はご覧になって信長公へ申しあげれば、信長公は常々信忠卿の事を、「殿。殿。」とおっしゃっていたが、「殿がだまされて逆心を起こしたか?!謀叛にはまだ早い!」と仰せになられた。
蘭丸君は「
信忠卿のご謀叛ではございません!明智の謀叛です、水色の旗や四手の馬印が書院まで押し入ってきています!と言い捨て、十文字の槍を持って濡縁へ出られた。弟の坊丸君、力丸君も続いて出て行かれた。そうした処へ光秀の家臣が安田作兵衛と名乗り蘭丸と渡り
合って、蘭丸君が杉縁より、小庭へ2度も押し落としたけれども、高橋惣太衛、四方天孫兵衛、その外数十人一度に押しかけてきたので、兄弟が粉骨を尽くして戦われても、大勢に取り囲まれ3人ともに討死になされた。
蘭丸君のお首は安田があげた。力丸君のお首は四方があげた。蘭丸君のお首は当時、誰があげたか分からないということになったけども、安田がやった。

コメント@蘭丸は明智の旗を見るまで寝ぼけている。
A蘭丸はしっかり目が覚めて謀叛の報告をしたが、信長が完全に寝ぼけている。


『信長公記』に見る本能寺の戦


(明智軍は)すでに信長公の御座所の本能寺を取り巻いて、大勢があらゆる処から乱れ入ってきた。信長も小姓たちも、下々のものがちょっとした喧嘩をしているのだろうと思っていたところ、そうではなくて、鬨の声があがり、鉄砲が打ち込まれた。「これは謀叛なのか?誰のくわだてだ?!」とおおせのところに、森蘭丸が「明智が者のようでございます。」と言上なさると、「しょうがねーな。」とのおぼしめしだった。(中略)
御殿の中で討死にした者は森蘭丸。森力丸。森坊丸兄弟3人・・・。

コメント:残念ながら森3兄弟の華麗なる活躍がぜんぜん書かれていない。


『金山記全集大成』に見る本能寺の戦


山の奥、谷の底までも平安な場所などないので、信長公は本能寺で殺害された。 その時森蘭丸18歳、坊丸17歳、力丸16歳。それぞれが敵に渡りあわせ、散り散りになって戦っていたが、甚だしく傷を追ったので、坊丸と力丸は引き返して兄弟2人同じ場所に寄りあい切腹。蘭丸は敵陣にかけこんで戦いの末、討死。

コメント:哀れを誘う一節です。


『翁草』に見る本能寺の戦


(前略)そもそも蘭丸は正直であるばかりでなく、人並みはずれた才知の人であった。すでに光秀に謀叛の心があるとかねてから察していて、光秀が本能寺を襲ったときも、皆が「敵は誰だ?!」とうろたえる中、蘭丸だけが、「敵は明智だろう。」と言った。明智軍が本能寺を二重三重に取り囲んで屏重門より乱入するところに、信長公は白綾の一重の着物をお召しになり、弓矢をみずからとられて「ここに来る奴等は、明智の手の者か!無道な奴等め、一人一人射殺してやる!」と大声で怒ったら、信長公の勢いに敵が辟易して門外に躊躇していたところ、安田作兵衛と名乗る者が槍を捻って突き出して来る。信長公が矢を放つと、安田の肘に当ったが、傷は浅いのでものともせず信長公を刺そうとする。信長公は障子の向こうに入っていったが、安田はすかさず障子越しに刺す。手応えがあったので、安田はやった!と障子を押し開けようとするところを蘭丸が十文字の槍で安田を縁先の溝に突き落とした。つづけて蘭丸が繰り出した槍で、安田は男根をなかば突き切られた。安田は蘭丸の槍をたぐりよせてその勢いで溝より起き上がり、刀を抜いて蘭丸を切った。それから軍勢が押し寄せて内側から火をかけ、ついに織田家は滅亡した。

コメント:股より心臓を狙いましょう。


『常山奇談』に見る本能寺の戦


2日の曙(あけぼの)に明智軍が信長の泊まっている本能寺を取り囲んだ。森蘭丸は「何事だ、騒がしいぞ。」と白い帷子の上に浅黄鹿の子の小袖をはおって出て行くと、壁の外に水色の旗が見えた。信長が「敵は何者だ?!」と問うので「明智でございます。」と言いおわらぬうちに箕浦大蔵、古川九兵衛、天野源右衛門らが大庭に乱れ入ってきた。信長は白いひとえものを着て、弓を持って射られたが弦が切れた。地紅の帷子を北27、8才くらいの女房が十文字の槍を持ってきたので信長はそれを手にしてしばらく敵を防がれたが、やがて中に入っていった。障子を引き立てたのだが、燭台の火がまだ残っていて、信長のシルエットが写しだされたのでそれを見て、天野が槍を突き出して信長を刺した。蘭丸は、弟の坊丸(17)と力丸(16)が切って出て討死にしたのでその隙に内側から火をかけ本能寺は灰となった。

『三河物語』に見る本能寺の戦


明智光秀はにわかに謀叛を企て、丹波より夜攻めして本能寺へ押し寄せ、信長にお腹を召させてしまったのだ。信長がでてきて、「信忠が心変わりしての企てか?!」とおっしゃられたところ、森蘭丸が「明智のようです。」と申しあげた。「さては明智が心変わりしたのか?!」そうおっしゃったとき、明智軍の郎党がやってきて槍で信長を突いたので、信長はそれから奥へ入って行った。蘭丸は打って出て比類無き働きをして討死して信長の
お供をはたした。火をかけて信長は
焼け死んだ

コメント:やっぱり上様ちょっと寝ぼけた感あり。


『益軒全集』に見る本能寺の戦


本能寺を明智軍が囲んだ。信長はいつも信忠の事を「殿」と言っているのだが、これを信忠の謀叛と思い「信忠が誰かに騙されて逆心か?殿が謀叛するには早いぞ。」とおっしゃったのを、森蘭丸が「信忠様の謀叛ではございません。宵から申し上げていますように、明智の謀叛で、水色の旗、四手の馬印は押し入ってきております!」と言い捨てて十文字の槍をもって濡縁にでていった。その弟の坊丸と力丸も続いてでていき、明智方の安田作兵衛が蘭丸と迫り合い、杉縁より2度も突き落とされた。そうしたところへ軍勢が一度に押し入ってきて、蘭丸を安田が討ち取った。坊丸は高橋惣兵衛、力丸は四方天孫兵衛が討ちとった。兄弟3人は京都町今出川上ル阿弥陀寺に葬られた。

コメント:なんか蘭ちゃんご機嫌ななめ・・・・。


『絵本太閤記』に見る本能寺の戦


(前略)蘭丸は夜叉のあれたるごとくに戸や障子、唐紙を踏み開いて、板敷きを力足で踏み鳴らして、「宿直の者たち起きなさい!
逆臣惟任日向守が御前近く討ち入りたるぞ!防げや防げ!」と呼ばわって、十文字の槍おっとり縁側に踊り出て寄せくる敵に向かった。(中略)最前より信長公の御側にて息継ぎいたりし蘭丸は十文字の槍を打ち振るい、
雄たけび突き出ていけば、坊丸、力丸も、同じく槍をとって蘭丸の左右に並び、蘭丸の槍脇を助けた。手負った味方たちも蘭丸の勇気に励まされて再び敵を追う。蘭丸は八方に目を配り、弱き味方を助け、進退出没場所を定めず、ひたすら信長公の御前を安からんと努めるその勇戦、敵の四王天又兵衛は蘭丸の武者振りを心憎く覚え、槍を取って突こうとしたところを、「森力丸これにあり!」と太刀をふるって四王天に打ってかかった。蘭丸への道を力丸に阻まれ怒った四王天は雷が落ちたように怒り狂って力丸と渡り合う。力丸はこの勇勢にはかないがたく、刃の動きが乱れていたのを、坊丸これを見て、当たっていた敵を打ち捨て四王天に横槍をついてくれば、四王天はなおも勇戦して、この2人を相手にして戦って、力丸をひと槍で突き伏せた。坊丸は叫んで突き込んだが、明智軍の兵士どもがあまたかけつけ、坊丸を取り囲んでこれを切り殺した。蘭丸は2人の弟が死に行く様を目の当たりにしても、信長公の側を去ることはなく、よせくる敵をなぎ倒し時をかせいだ。

残る味方はわずか30人、みな全身は朱に染まり、自らの血をすすって咽をうるおし、刃をふるって向かう有様、これぞまさに修羅道の苦しみだろう。

コメント長いので意訳してあります。『絵本太閤記』はぜひとも原文で読んでその文章の生の香りをかいでいただきたい。歴史史料とはなり得ない読み物ですが、その表現力には目を奪われます。あらららら、蘭ちゃん障子を蹴り開けていますよー。かっこいいなあ・・・。今日は坊丸君は弟になっちゃいましたねー。そして蘭丸と信長との永遠の別れの時がやってきます。障子の向こうに未来は消えていきました。

蘭丸は明智方の勇士四王天、箕浦と戦いながら大声にて、「千金の弩(いしゆみ)はケイ鼠(=ハツカネズミ)のためには発せず、自らの御戦は勿体無きものにこそありましょう!はやくお入りください!」と呼び捨てた。向かう敵を追い信長の自害の妨げをさ防がんと悪戦する蘭丸のその様は皆の耳目を驚かせた。信長は蘭丸の諌めに従い自害のために奥の間に引いていった。それを最前より見ていた安田作兵衛「信長公、かえさせたまえ。」と声をかけ槍をあげて追いかける。蘭丸は、これでは上様のご自害がおぼつかない、と悔しがって、戦っていた敵を捨てて苦しげに叫んで作兵衛に駆け寄った。「安田作兵衛とまれ!」この時信長公は戦を選ばず、作兵衛の言葉を聞き捨て ひと間に入り、障子を閉じた。この時、まだ残燭が消えておらず、信長の影がうつり、安田はその影を目当てにし、鉄壁も通れと障子越しに突きとおせば、何かはわからないが手応えがあって槍先が動いた。当たった!と安田が障子を蹴破りかけいるところを、後ろから雷の落ちかからんばかりに、「森蘭丸を見知りたるか!」と蘭丸が槍を上げてきた!

あーあ、ついに作兵衛さんは蘭丸さまを切れさせちゃった!普段怒らない人を怒らせるととんでもない事になるぞぅ。ぶるぶるぶる。そして場面は蘭丸最期になだれこみます。

安田は明智が股肱の勇士、蘭丸は織田の逸物、龍と踊り、虎と駈けり、上中下段透間なく飛び違って戦う様子は烈しい有様だった。蘭丸その日のいでたちにはクロ梅に鶴の丸を白く染め残したる素袍(すほう)を着、太刀だけを帯していた。時に22歳。安田は用意のあった戦なので黒皮の具足に肩草摺を白糸にて威したものを着ていた。安田作兵衛も聞こえる剛勇の者であるが、蘭丸にはすでに死を決した戦であれば、わたりあうなかで作兵衛も今の蘭丸にはかなわないと心に感じて右へ流し、左へ払い、少し進んでおおいに退いた。蘭丸は、この戦馴れしたはずの男が次第次第に縁側へ引いていくのにいらだって、大喝一声作兵衛に突きかかった。作兵衛は後ろ向きに庭へ飛んだが、誤って溝の中に仰向けにはまってしまった。蘭丸は、やった!と縁端に走り出て、作兵衛にむかって槍をついた。槍は作兵衛の○○を突き切った。安田はその蘭丸の槍を握り、蘭丸が槍を引く勢いをかりて起き上がり、抜いた刀を片手なぐりに払ったところで、素肌の蘭丸は両足を切り落とされ、枯れ木を倒すがごとくに転ぶところを、四王天又兵衛が走り寄って蘭丸の首を討ち取った。


どうして蘭ちゃんはそこまで作兵衛を追い詰めてそういう事をしてしまうのか・・・。心臓を突け、心臓を。
って、四王天さんがなんでまた、横合いからちょろちょろ出て来るんだ!彼は最初から蘭丸にこだわっている。さては蘭丸のストーカーか?!はてまた ひと目ぼれ?!ちなみに、人の討ち取った敵の首を取る”奪首(ばいくび)”は重罪です。それでもやるのか?蘭丸の首がほしいのか?四王天!


つづく・・・ホーム